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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第2節 休み明け [2]




 だが大迫美鶴は、そのぶっきらぼうな表情のままグルリと室内を見渡し、やがてお目当てを見つけ、微妙に瞳を細めた。
 そうして四組中の異様な視線を浴びながら、ズカズカと室内に入り込んでくる。
 俺?
 だが美鶴の視線は、聡の上では止まらなかった。
 美鶴には、友達はいない。
 他クラス、しかも理系クラスに知り合いは皆無だろう。この教室で美鶴が尋ねてきそうな相手といったら、自分くらいだ。
 聡がそう期待してしまってもおかしくはない。
 だがやはり、美鶴の目的は聡ではない。
「はい」
 これ以上ないほど無愛想な言葉。さすがのツバサもハッとする。
「考え中のところ、悪いんだけど」
 大して悪びれもしない言葉。
 確かにツバサは、美鶴に声をかけられるまで、その存在にすら気付いていなかった。教室中の空気が凍るほどの変化を、感じ取れなった。それほどに考え込んでいた。
 いや、物思いにでも(ふけ)っていたのだろうか?
 ツバサの場合、恋煩(こいわずら)いはないだろう。彼女の為に、我を見失うほど想ってくれる相手がいるのだから。
 まぁ そんなコトはどうでもいい。
 美鶴は思いなおし、ポンッと封筒を机の上に置いた。
「遅くなった」
「へ?」
「お金。そのぉ〜……」
 シャンプーの件は、できるだけ誰にも知られたくはない。
 知られて、ヘンに勘ぐられたくない。
 一方、美鶴がなぜ言いよどむのか、皆目見当のつかないツバサ。だが、何を言いたいのかは理解できる。
「あぁ ありがと。わざわざ悪いね」
 封筒を摘み上げ、ニッコリ笑う。
「じゃっ」
 これ以上の用事はない。
 クルリと背を向け、教室を出て行こうとする美鶴。その前に、長身の男子生徒が立ち塞がっている。
「……… 何よ?」
 眉を潜めて睨みつけられ、聡はグッと言葉に詰まった。
 俺、何してんだ?
 思わず、引き止めるように立ち塞がってしまった。かける言葉も用意しないまま―――
 言葉の出ない聡に対して、美鶴はさらに表情をしかめる。
「どいて欲しいんだけど」
「そんな言い草ないでしょうっ!」
 珊瑚のブレスレッドを振り回しながら、女子生徒が一人、噛み付いてくる。
 それをギリッと睨み返し、改めて聡と対峙する。
「何か用?」
 腕を組み、不愉快そうに見上げてくる。
 まだ、怒ってるな
「いや……」
「じゃあ、どいて」
 気圧(けお)される形で、道を開ける。
 振り向きもせずに通り過ぎていく美鶴。
 かけたい言葉は山ほどあるのに、何も言葉が出てこない。
 あの夜のこと。そして――― 京都での目撃。
 なぜ美鶴が京都で、霞流(かすばた)慎二(しんじ)の横を歩いていたのか。あの日以来、寝ても覚めても頭に浮かぶのはその事ばかり。

 聞きたい。
 だが聞けない。

 そんなコトよりも、まず謝って関係を修復させるのが先だろう。
 そう思いながらも、いやとにかく事情を知りたいと焦る自分がいる。
 己の内で二人の自分が言い争い、結局どちらも言葉にできない。
 まいったな
 ふーっと大きく息を吐く肩に、軽い衝撃。
「あん?」
 振り向く先で、スッキリとした小顔が笑った。
「喧嘩でもした?」
 心配するでもなく、逆に面白そうに問うてくるツバサ。今の聡には、むしろそんな態度が嬉しい。
「まぁ そんなようなモンかな」
 途端に周囲がワッと色めき立つ。
「大迫さんと金本くん、喧嘩したんだってっ」
「マジィ〜」
 喜びを隠そうともしない女子生徒。
 人の不幸を、そんなに手放しで喜ばないでもらいたい。
 うんざりと舌を打つ態度に、ツバサは苦笑する。
「モテると辛いね」







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