だが大迫美鶴は、そのぶっきらぼうな表情のままグルリと室内を見渡し、やがてお目当てを見つけ、微妙に瞳を細めた。
そうして四組中の異様な視線を浴びながら、ズカズカと室内に入り込んでくる。
俺?
だが美鶴の視線は、聡の上では止まらなかった。
美鶴には、友達はいない。
他クラス、しかも理系クラスに知り合いは皆無だろう。この教室で美鶴が尋ねてきそうな相手といったら、自分くらいだ。
聡がそう期待してしまってもおかしくはない。
だがやはり、美鶴の目的は聡ではない。
「はい」
これ以上ないほど無愛想な言葉。さすがのツバサもハッとする。
「考え中のところ、悪いんだけど」
大して悪びれもしない言葉。
確かにツバサは、美鶴に声をかけられるまで、その存在にすら気付いていなかった。教室中の空気が凍るほどの変化を、感じ取れなった。それほどに考え込んでいた。
いや、物思いにでも耽っていたのだろうか?
ツバサの場合、恋煩いはないだろう。彼女の為に、我を見失うほど想ってくれる相手がいるのだから。
まぁ そんなコトはどうでもいい。
美鶴は思いなおし、ポンッと封筒を机の上に置いた。
「遅くなった」
「へ?」
「お金。そのぉ〜……」
シャンプーの件は、できるだけ誰にも知られたくはない。
知られて、ヘンに勘ぐられたくない。
一方、美鶴がなぜ言いよどむのか、皆目見当のつかないツバサ。だが、何を言いたいのかは理解できる。
「あぁ ありがと。わざわざ悪いね」
封筒を摘み上げ、ニッコリ笑う。
「じゃっ」
これ以上の用事はない。
クルリと背を向け、教室を出て行こうとする美鶴。その前に、長身の男子生徒が立ち塞がっている。
「……… 何よ?」
眉を潜めて睨みつけられ、聡はグッと言葉に詰まった。
俺、何してんだ?
思わず、引き止めるように立ち塞がってしまった。かける言葉も用意しないまま―――
言葉の出ない聡に対して、美鶴はさらに表情をしかめる。
「どいて欲しいんだけど」
「そんな言い草ないでしょうっ!」
珊瑚のブレスレッドを振り回しながら、女子生徒が一人、噛み付いてくる。
それをギリッと睨み返し、改めて聡と対峙する。
「何か用?」
腕を組み、不愉快そうに見上げてくる。
まだ、怒ってるな
「いや……」
「じゃあ、どいて」
気圧される形で、道を開ける。
振り向きもせずに通り過ぎていく美鶴。
かけたい言葉は山ほどあるのに、何も言葉が出てこない。
あの夜のこと。そして――― 京都での目撃。
なぜ美鶴が京都で、霞流慎二の横を歩いていたのか。あの日以来、寝ても覚めても頭に浮かぶのはその事ばかり。
聞きたい。
だが聞けない。
そんなコトよりも、まず謝って関係を修復させるのが先だろう。
そう思いながらも、いやとにかく事情を知りたいと焦る自分がいる。
己の内で二人の自分が言い争い、結局どちらも言葉にできない。
まいったな
ふーっと大きく息を吐く肩に、軽い衝撃。
「あん?」
振り向く先で、スッキリとした小顔が笑った。
「喧嘩でもした?」
心配するでもなく、逆に面白そうに問うてくるツバサ。今の聡には、むしろそんな態度が嬉しい。
「まぁ そんなようなモンかな」
途端に周囲がワッと色めき立つ。
「大迫さんと金本くん、喧嘩したんだってっ」
「マジィ〜」
喜びを隠そうともしない女子生徒。
人の不幸を、そんなに手放しで喜ばないでもらいたい。
うんざりと舌を打つ態度に、ツバサは苦笑する。
「モテると辛いね」
|